過疎地域からガソリンスタンド(サービスステーション、以下SS)が消えていくなかで、「SSが無くなるなら住民の車をBEVに切り替えればよい」「自宅で充電できるBEVこそ過疎地の解だ」という主張が聞かれるようになった。これに対する反論も、「農林水産業の機械が電化されていない」「石油製品は車の燃料だけではない」という形で提示されてきた。
どちらの議論も、暗黙のうちに一つの前提を共有している。過疎地の燃料需要を一つの塊として扱い、SSの店舗数をその主変数と見なすという前提である。本稿はこれを外す。
燃料需要を用途で三つに割ると、困窮の度合いも、原因も、対処の方向も、それぞれ違う。とりわけ重要なのは、後述する通りガソリン小型機械の調達難がSSの店舗数とほとんど関係がないことで、これは過疎問題ですらない。三領域を混ぜて論じている限り、この事実は見えない。
以下、この配置に至る根拠を順に示す。
資源エネルギー庁の定義では、市町村内のSS数が3か所以下の自治体を「SS過疎地」と呼ぶ。令和6年度末(2025年3月31日)時点でのSS過疎市町村は合計615市町村にのぼる。内訳は、SS数によるSS過疎地が381市町村、居住地から最寄りSSまでの道路距離が15km以上のエリアが所在する市町村が291市町村、うち57市町村が双方に該当する。SS数3か所以下の自治体は前年度から9市町村増加した。
SSの減少は単純な需要減だけで説明できない。経営者の高齢化と後継者不足が廃業理由の過半を占める。加えて2010年の消防法改正により耐用年数40年を超える地下タンクの漏洩防止対策が義務化され、その改修に多額の費用を要することから、これを機に廃業を選ぶ事業者が相次いだ。SS事業者の約7割はいわゆる「ワンオーナー・ワンSS」の零細経営であり、設備投資の余力が乏しい。
資源エネルギー庁自身も、SS経営者の多くが中小零細企業であり、燃費向上等による需要減に加え、人手不足、後継者難、施設の老朽化といった課題が相まってSS過疎地が増加傾向にある、と整理している。需要減はこの複合要因の一つであって、唯一の原因ではない。
近年、幹線道路沿いを中心にセルフ式の大型SSが新設されるケースは少なくない。こうした新設セルフ店は給油レーンや洗車機が多く、価格が安く、24時間営業である店も多い。1店舗あたりが捌ける客数は既存の中小SSを大きく上回る。店舗「数」の減少が、そのまま給油「供給力」の減少に直結するわけではない。
これらは商業施設が集まる幹線沿いに立地するため、住民にとっては買い物や通勤の道すがらに給油が可能である。自宅の最寄りSSが閉鎖されても、日常の生活動線上に大型セルフ店があれば給油行動の不便はそれほど大きくならない。統計上のSS過疎地市町村数は、この緩和分を反映しない。
大型セルフ店の恩恵が届かないのは、幹線道路から外れた山間集落・離島・沿岸部の住民である。こうした地域では最寄りのクラスターまで片道数十kmを要し、買い物も通院も給油もその一回の外出に集約される。負担は往復に半日を費やすことであって、それはクラスターまでの距離から生じている。同時に、大型セルフ店の進出は周辺の零細SSの経営をさらに圧迫し、幹線から離れた地域のSSの廃業を加速させる。
「都市・幹線沿いでの供給力維持」と「山間部での供給途絶」の二極化が実像であり、615という数字はこの二つを合算している。
そしてもう一点。セルフ化は供給力を維持する一方で、提供されるサービスの中身を変えている。この帰結は領域Ⅲで決定的になる。
もう一つの基準である「居住地から最寄りSSまで15km以上」も、読み方に注意が要る。SSが商店・医療機関と同じ幹線沿いのクラスターに立地する以上、この距離が測っているのは燃料へのアクセスではなくクラスター全体へのアクセスである。
SSだけが消えて商店と診療所が残る集落は稀である。したがってこの指標は、燃料供給を直接示すというより、生活圏に到達できるかどうかを間接的に示す指標として機能している。決定的なのはSSの有無ではなく、日帰りで到達できるクラスターが存続するかどうかであり、それが失われた時点で動力源の選択は論点ですらなくなる。
なお、SS過疎地問題は「ガソリンが買えない」だけの問題ではない。資源エネルギー庁は、近隣にSSがない住民にとっては自家用車や農業機械への給油、移動手段を持たない高齢者への冬場の灯油配送などに支障を来すと明記している。長野県のSS過疎地対策資料も、SSが地域の燃料供給の拠点として自動車のみならず灯油配達や農業用機械への給油といった機能を担っていると述べている。
三領域の検討に入る前に、「困っている」という観測そのものの性質を押さえておく必要がある。
燃料が手に入らず生活が成立しないなら、住民はその土地を離れる。したがっていまSS過疎地に住み続けている人々は、程度の差こそあれ、現状を許容できている層である。困窮した世帯が既に退出しているのだから、「SS過疎地の住民は燃料調達に困窮している」という命題は、残った人々だけを見た濾過後の観測に基づいていることになる。
実際、統計上のSS過疎市町村に住む住民の多くは、月に何度か市街地へ出る生活動線を持っており、そのついでに給油を済ませている。不便ではあるが、破綻はしていない。領域Ⅰを破局的でないと評価する第一の根拠がこれである。ただしこれは不便が無いという意味ではなく、その点は第5節で改めて扱う。
ここで論を止めると誤る。転居できるかどうかは、その世帯の資産がどれだけ持ち運べるかで決まるからである。
農地は動かせない。持ち家は買い手がつかない。漁業権は土地に固着している。生業そのものがその場所と不可分である世帯にとって、転居は生活水準の低下ではなく職の喪失を意味する。加えて高齢であれば、転居先での生活再建そのものが困難である。
困窮は、転居できる層では顕在化せず、転居できない層に沈殿する。
表面的に観測される「そこまで困っていない」は、困っていた層が既に退出した結果である。残された困窮は、動けない層——農地に縛られた経営体と、運転できない高齢者——に濃縮されている。
したがって、燃料供給を論じるときに見るべきは平均的な不便さではなく、この動けない層に何が起きるかである。第6節で扱う冬季の灯油配送が本稿で最も切迫した論点になるのは、この層を直撃するからである。
この視点を置くと、統計と危機の所在がずれていることが分かる。SS過疎地の市町村数は行政区域単位の集計であり、集落単位・世帯単位の困窮を捉えない。危険なのは「SSが3か所以下の市町村」ではなく、「動けない世帯が、生活動線から外れた場所に取り残されている集落」である。
三領域の検討に入る前に、もう一点。過疎地域で崩壊しつつあるのは燃料供給だけではない。燃料の議論が全体のどこに位置するのかを先に確認しておく。
BEVであれガソリン車であれ、道路が通行可能でなければ車は動かない。高度成長期に集中整備された道路橋は今後急速に更新期を迎え、建設後50年を超えるものの割合は2030年代に大きく伸びる見込みである。既に通行止めまたは通行規制中の橋梁は全国で1,393橋にのぼり、増加の一途をたどっている。富山市では全橋梁の維持管理費のシミュレーションで約6億円の不足が判明し、担当者が「橋を守るために市が破綻するのか、市を残すために橋を減らすのか」と苦悩する事態に至っている。代替路線のない一本道が崩落すれば集落は物理的に孤立する。
SS過疎地が偏在する積雪寒冷地域では、除雪は住民の生存に直結する。道路除雪を担ってきた建設業者は人員を削減しており、中山間地では除雪を担える業者が1社しかない地域も存在する。オペレーターの高齢化と後継者不足、機械の更新費用の捻出難は、SS経営者の後継者難と全く同じ構造である。国の雪寒道路指定基準(日交通量150台以上)に満たない路線には財源支援がなく、出動回数を減らさざるを得ない状況が既に生じている。そして除雪車もローダーも全てディーゼル駆動である。
山間部の小規模な分散型水道は、住民の高齢化と設備の老朽化が同時進行している。下水道管路も整備後50年を迎えるものが2040年には約34%に達する見込みで、担当職員数はピーク時から大幅に削減されている。ごみ収集は住民がいる限り停止できないが、散在する少数世帯を巡回するため1世帯あたりコストは都市部と比較にならない。
公共交通空白地帯は日本の可住地面積の約30%(36,477km²)に及び、そこに約735万人が暮らす。無医地区は全国に601地区あり、その約9割が過疎地域に集中している。学校の統廃合は子育て世代が地域に留まる理由を失わせる。
このうち商店の撤退は、燃料の議論に直接効いてくる。商店が消えることで住民は市街地へ出ざるを得なくなり、その外出のついでに燃料調達が組み込まれる。買い物難民化とSS過疎は、別々の問題ではなく同じ現象の二つの面である。この点は第5節で詳しく扱う。
燃料供給は、この多層的な生活基盤の一項目にすぎない。道路が落ちれば燃料の議論は成立せず、除雪が止まれば車種は無関係になる。
それでも燃料を独立に論じる意味があるのは、人がこうした環境に住み続けるのは、そこに農地や漁場という職場があるからであるという一点による。生業のエネルギーが確保できなければ、他が残っていても居住は継続しない。逆に言えば、燃料を論じるときに見るべきは自家用車ではなく、生業と暮らしを支える燃料の側だということでもある。
以下、三領域を順に検討する。
前節で見た通り、集落から商店が消えれば住民は買い物のために市街地へ出なければならない。診療所が消えれば通院のために出る。学校が統廃合されれば送迎のために出る。市街地への移動は、燃料とは無関係に、既に強制されている。そしてSSは、第2節で見た通り商店や医療機関と同じ幹線沿いのクラスターに立地する。給油はその移動の途中に組み込まれる。
「最寄りSSまで15kmなら、月2往復で年間700km前後の走行が消える」という類の試算は、給油のためだけの外出が存在する場合にのみ成立する。買い物や通院に組み込まれているのであれば、消える走行距離はゼロに近い。
加えて、自家用車をBEVに換えてもその世帯は依然としてSSに行かなければならない。農機・刈払機・漁船の燃料が残るからだ。したがって外出の回数は変化しない。変化するのは購入量だけである。
ここまでの議論は給油の限界コストが小さいことを示したものであって、不便が無いことを意味しない。実際に残っている不便を列挙し、それぞれが自家用車の電化で解消されるかを見ておく。
| 残っている不便 | 内容 | 電化で |
|---|---|---|
| 市街地までの距離 | 買い物・通院のために片道数十kmを走る。給油はその途中で済むため、燃料に固有の負担ではない | 無関係 |
| 営業時間・休業日 | 有人SSは平日日中のみの店が多く、休業日輪番も導入されつつある | 解消しうる |
| 店頭価格の地域差 | 輸送距離と回転の悪さで山間部ほど割高になる | 緩和しうる |
| 冬季の閉じ込め | 悪天候や除雪待ちで動けない日に燃料が尽きる不安 | 相殺 自宅充電は有利だが、停電時は逆転する |
| 災害時の途絶 | 給油待ちの行列、輸送の途絶 | 相殺 停電が長引けば同じ |
| 運転できない高齢者 | 給油以前に自家用車が使えない | 無関係 |
| 農機・暖房用燃料のSS通い | 刈払機・農機・暖房の燃料調達が世帯に残る | 無関係 |
この表が示しているのは、電化が有効に働く範囲の輪郭である。自家用車という車両を単位に取れば、電化は確かに一部の不便を消す。自宅で充電できれば営業時間の制約はなくなり、燃料費の地域差からも切り離される。ここを否定するのは公平でない。
しかし単位を世帯に移すと像が変わる。刈払機の混合ガソリン、農機の軽油、暖房の灯油が残る限り、その世帯はSSへ通い続ける。車の給油という行為は消せても、世帯の燃料調達という課題は消せない。そして通う頻度が変わらない以上、消えるのは走行距離ではなく購入量だけである。
さらに、上の表で電化が効くとした不便——営業時間と価格差——は、SSの側からも対処されうるものである。休業日輪番の調整はまさにそこに向けられた施策であり、移動式給油設備や巡回配送に至っては、外出そのものが困難な世帯にまで燃料を届ける。一方で電化は、それらの施策が前提とするSSの需要そのものを削る。同じ不便に対して二つの解が競合しており、片方はもう片方の前提を壊す。
加えて、第3節で見た動けない層——運転できない高齢者——にとっては、そもそも自家用車が使えない。この層の不便は動力源の議論の外側にあり、公共交通や配送サービスの問題として立てるほかない。
農村世帯は走行距離が長い。したがって燃料費の削減額は都市部より大きい。戸建てに敷地内駐車が標準であるため、充電設備の設置条件は集合住宅中心の都市部より良好である。深夜電力を使えば単価はさらに下がる。この層でのBEVの評価は、素直に肯定的でありうる。
災害時の停電に対するV2Hの価値も、復旧が最後になりがちな山間部でこそ大きい。ただし太陽光発電を併設しなければ再充電できず、停電が長引けば結局ガソリン発電機に戻る。また車両価格、寒冷地での航続距離低下、老朽木造住宅への200V工事といった障壁もこの層に属する。
前述の通り、給油は避けられない外出に組み込まれており、限界コストはほぼゼロである。ゼロコストの行為を消去しても改善は生じない。しかも農機や暖房用の燃料調達のため、SSへの立ち寄り自体が残る。
ただしこの層には、電化を擁護しうる論点が一つある。供給義務の非対称である。電力網は法的に撤退できないが、SSは自由に廃業できる。この点は本稿の結論に対する最も強い反論となるため、第8節で改めて検討する。
SSでは一つの地下タンクと一人の危険物取扱者が、自家用車ガソリン、農機軽油、漁船燃料、灯油宅配、公用車・消防車の給油を同時に支えている。品目ごとに独立した事業として成立しているのではない。
この結合供給の中で、自家用車ガソリンは最も量が大きく、最も回転が速く、そして最も電化しやすいセグメントである。これが抜けると、地下タンクの維持費、改修義務、保安要員という固定費が、電化できない残余需要に転嫁される。損益分岐点を下回ればSSは閉じ、農機と漁船とハウス暖房が同時に座礁する。
資源エネルギー庁自身が、燃費向上等による需要減をSS過疎地増加の要因の一つとして挙げている。BEVはその需要減の極限形である。
不便が無いのではない。不便はある。ただしその不便は、車両単位で見れば電化が緩和しうるものの世帯単位では残り、しかも電化が緩和しうる部分は、SS側の施策でも対処可能な部分と重なっている。
結果として、電化によって固有に解決される課題はほとんど残らない一方、最も量の大きいセグメントを結合供給から抜くという負荷は満額で発生する。便益と負荷の配分が悪い。
トラクター、コンバイン、林業重機、漁船、穀物乾燥機、ハウス加温、そして家庭の暖房。過疎地のエネルギー需要の大半はこの領域にある。
消防法と地方税法は燃料の種類ごとに全く異なる制約を課しており、軽油と灯油はその中で最も緩い側に置かれている。
| ガソリン | 軽油 | 灯油 | |
|---|---|---|---|
| 指定数量 | 200 L | 1,000 L | 1,000 L |
| 少量危険物届出 事業所=指定数量1/5以上 |
40 L 以上 | 200 L 以上 | 200 L 以上 |
| 490Lタンクの扱い | 許可施設 指定数量超過。市町村長の許可が必要となり、農家規模では事実上不可能 |
届出で可 少量危険物として条例基準+届出。ホームタンクの標準 |
届出で可 同左。暖房・乾燥機と共用 |
| 本人確認・使用目的・ 販売記録 |
義務 令和2年2月1日〜。容器入り製品も合計10L以上は同様の対象 |
なし | なし |
| セルフで顧客が 自ら容器に詰替え |
不可 | 不可 | 可 |
| SSの1日あたり 容器詰替え上限 |
200 L 未満 携行缶10缶で到達。安全対策を講じれば超過可 |
1,000 L 未満 小口客では実質到達しない |
── |
| ローリーによる 軒先配送 |
実質なし 受入タンクが成立しないため配送メニューに存在しない |
あり JA・燃料商の営農用配送の中核 |
あり 定期配送サービスが一般的 |
| 農業用の税制優遇 | なし | 免税軽油 使用者証・免税証を要する |
なし |
この表で最も重い行は「490Lタンクの扱い」である。全農エネルギーの事業説明では、燃料配送センターが暖房・給湯・営農等に使う灯油と農業機械用の軽油を届け、ホームタンクの点検や部品交換・洗浄も実施するとされている。JAエルサポート(栃木)は県内ほぼ全域で灯油・軽油・重油を配送し、営農用燃料油の配送や法人向け直送も受けている。いずれも品目リストにガソリンが入っていない。その理由が指定数量の差である。
結果として軽油・灯油の調達は、複数経路の併存として成立している。大規模経営体・施設園芸は490Lホームタンク+タンクローリー配送で、軽油・灯油・重油が同じ便に乗る。中規模は軽トラック等の車載タンク、ドラム、携行缶をSSで補給する。小規模はトラクター等を自走させてSSへ乗り付ける。
この最後の点は見落とされやすい。トラクター・コンバイン・田植機は小型特殊・大型特殊としてナンバーを取得でき、公道を自走してSSに行ける。「乗り付け」は例外的な光景ではなく正規の調達手段である。この一点が、次節で見る領域Ⅲとの決定的な差になる。
なお令和5年の消防庁の検討では「固定給油設備から軽油を車両に固定したタンクへ注入する場合の安全対策の明確化」が整理されており、車載タンクへの軽油補給という実務も制度として正面から位置づけられた。
免税軽油は免税証と引換えに、免税証に記載された販売業者から購入しなければならない。免税軽油使用者証は原則3年(石油化学製品製造業を除く業種は令和9年3月31日まで)、免税証の有効期間は原則6か月だが、船舶の使用者および農業を営む者については1年とされている。令和6年の地方税法改正により、レクリエーション用船舶を除いて令和9年3月31日まで延長された。販売業者が事前登録制であるため、購入先はJA-SSや地元の特約店に紐づきやすい。
ただし各都道府県の案内は、現在の軽油引取税を1リットルにつき15円としている。暫定税率を含めて32.1円であった時期と比べれば、免税による便益はおおむね半減している。年1回の免税証申請、機械ごとの登録、使用報告義務というコストに対し、年間使用量が数百リットル規模の小規模農家では、免税手続きを行わない方が合理的となる損益分岐点が上がってくる。
この領域の機械は、ほぼ全てが内燃機関に依存しており、その電動化は技術的にも経済的にも当面実現の見込みが薄い。
井関農機の社長は、園芸工具と農業トラクターではバッテリーに求められる出力に100倍近い差があり、日産リーフと比較しても4倍以上の電力が必要であると指摘している。2012年に同社が愛媛大学と行った共同試験では、エンジン比で7割のエネルギー削減を実現した一方、1回の充電で耕せる面積は約1,300㎡とエンジン機の3分の1にとどまった。
この試験自体は古く、バッテリーのエネルギー密度はその後も改善している。しかし作業機の消費電力そのものは変わらないため、稼働時間を確保するには搭載量を増やすほかなく、車両価格がディーゼル機の数倍に達するという構図は解消していない。農水省の「みどりの食料システム戦略」が2040年までに掲げるのも「電化技術の確立」であって普及ではなく、既存機の買い替えサイクル(減価償却7年)を考慮すれば現場が置き換わるのはさらに先になる。
林業ではハーベスタ、フォワーダ、スキッダなどの高性能林業機械が不可欠であり、これらは全てディーゼル駆動の大型重機である。山林は電源インフラが皆無で、泥濘・急勾配・不整地の連続である。漁船も同様で、長時間の低速航行、荒天時の確実な始動、沖合での電力供給はディーゼルの得意分野である。小型の電動船外機は近年性能を上げているが、船体規模が大きくなるほど成立しにくく、離島の漁港に充電設備を整備するコストまで含めれば、当面は補助的な位置にとどまる。
出力以上に効くのが稼働時間の分布である。コンバインは年間稼働が数十〜200時間程度で、その大半が収穫期の1〜2週間に集中する。乾燥機の熱需要も同時期に張り付き、ハウス暖房は厳冬期にピークが寄る。
繁忙期集中型の需要にとって、液体燃料の本質的な利点はエネルギー密度ではなく貯蔵が極端に安いことにある。490Lのホームタンクは数万円で、自己放電もしない。同じエネルギーを蓄電池で保有すれば、年間300日以上遊ぶ資産に数百万円を寝かせることになる。稼働率の低い機械ほど電化の経済性は悪化する。さらに繁忙期は充電の時間的余裕が最も乏しい時期でもあり、負荷率と充電機会が逆相関している。
制度上の経路が生きており、電化が不可能である以上、この領域で守るべきものは一つに絞られる。配送網である。
そしてここが細りつつある。タンクローリーの運転手不足、山間部への1軒あたり配送コストの上昇、道路・橋梁の劣化による迂回、そして配送先世帯そのものの減少。灯油配送は冬季に需要が集中するため季節的な人員を要するが、その確保も年々難しくなっている。
農機用軽油が途絶えれば減収である。しかし冬季の灯油が途絶えれば人が死ぬ。
北海道・東北をはじめとする寒冷地の過疎地域では、冬場の灯油は文字通り生命線である。そして第3節で述べた動けない層——運転できない高齢者——は、ポリタンクを持って何十キロも離れたSSまで買いに行くことが物理的にできない。配送サービスが機能しなくなれば凍死のリスクが生じる。
危険度で並べれば、灯油配送の維持が農機燃料より上位に来る。第一次産業の燃料を論じる文脈でこれが埋もれやすいことは、それ自体が注意すべき点である。
刈払機、小型管理機、動力噴霧器、チェーンソー、可搬発電機。この領域が、三領域のなかで最も困窮している。そしてその原因はSSの店舗数ではない。
第一次産業の機械を燃料調達の観点から分類するとき、最も説明力のある変数は出力でも作業種別でもなく、その機械が公道を自走して給油設備まで到達できるかである。
| 機械 | 燃料 | 自走 | 主な調達経路 | 脆弱性 |
|---|---|---|---|---|
| トラクター | 軽油 | 可(大型・小型特殊) | 乗り付け/ホームタンク配送 | 低 |
| コンバイン | 軽油 | 可 | 乗り付け/ホームタンク配送 | 低 |
| 田植機 | 軽油・ガソリン | 可 | 乗り付け/携行缶 | 中 |
| 林業重機 | 軽油 | 不可(積載搬入) | 車載タンク/ドラム | 中 |
| 漁船 | 軽油・A重油 | 不可 | 漁協給油施設/専用ルート | 中 |
| 穀物乾燥機 | 灯油・軽油 | 不可(定置) | ホームタンク配送 | 低 |
| 刈払機 | 混合ガソリン | 不可 | 携行缶/缶入り製品 | 高 |
| チェーンソー | 混合ガソリン | 不可 | 携行缶/缶入り製品 | 高 |
| 小型管理機・動噴 | ガソリン | 不可 | 携行缶 | 高 |
| 可搬発電機 | ガソリン | 不可 | 携行缶 | 高 |
脆弱性の高い機械群は例外なくガソリン燃料かつ自走不可である。この組み合わせは携行缶という一本の経路しか持たず、しかも前節で見た通りガソリンは配送網にも乗らない。代替経路のないまま一本の経路に依存している。
令和元年総務省令第67号により、令和2年2月1日から、ガソリンを販売するため容器に詰め替える際には顧客の本人確認、使用目的の確認、販売記録の作成が義務づけられた。禁止ではなく手続の付加である。またセルフスタンドにおいても、従業員が詰め替えるのであれば販売できる。顧客が自ら詰め替えられるのは灯油だけであり、ガソリンと軽油については従業員に依頼する必要がある、というのが法令の建付けである。常連については、組合員カード等で顧客を特定できる場合や継続的な取引がある場合に本人確認を省略できる規定もある。
制度上は、地元農家が締め出される想定にはなっていない。にもかかわらず現場で購入が困難になっているのは、セルフSSの運営構造と事業者側のリスク配分という二つの理由による。
セルフSSの給油は、顧客がノズルを引けばガソリンが出る仕組みではない。制御卓の従業員がカメラで確認し、給油許可を出して初めて給油できる。その従業員が携行缶給油のために場外へ出れば、他レーンの監視が空く。一人ないし二人での運営が標準化した現在、これは構造的に対応が難しい。
職務の方向も逆を向いている。消防庁が進めるセルフSSのAI監視支援の検討では、「ポリ容器又は携行缶の検知」が検知対象に挙げられ、携行缶給油は異常時の想定場面として扱われている。制御卓の従業員にとって携行缶は第一義的に止めるべき対象であり、同じ人間が例外的に持ち場を離れてそれを給油する運用は、判断基準として噛み合わない。
20リットル満缶の粗利は数百円である。これに対して事業者が負うのは、本人確認、使用目的の確認、販売記録の作成、記録の1年間保存と従業員以外が閲覧できないようにする安全管理措置、静電気による噴出事故のリスク、そして万一放火に使われた場合の社会的責任である。
決定的なのは、断ることに何のペナルティもない点である。本人確認が行えないのに詰め替え販売を行えば技術上の基準違反となる一方、売らなければ違反は生じない。規制がリスクを一方向にしか置いていないため、事業者の最適解は「取り扱わない」に収束する。
さらに、この販売の法的足場自体が脆い。改正時のパブリックコメントでは、政令第3条・第17条を読む限りガソリン詰替えの根拠が不明であるという指摘が出ており、実態としては昭和62年4月28日付け消防危第38号の運用指針により指定数量未満の小分けが認められているにすぎない。通達運用による例外であるため、事業者が取り扱わなくとも何ら問われない。
以上を踏まえると、この領域の困窮の原因が明確になる。SSが減ったから買えないのではない。SSがセルフになったから買えないのである。
セルフ化は過疎地固有の現象ではない。むしろ交通量の多い幹線沿いほど大型セルフ店が新設されており、都市部・郊外でこそ進行している。
この結論は、対策の方向を変える。SS過疎地対策の枠組み——移動式給油設備、事業承継支援、休業日輪番制——はいずれもSSの存在を維持する施策であり、その業態には関与しない。
補助金でSSが新設・更新されたとして、それはまずセルフ式になるだろう。人手不足と収益性の両面でそれ以外の選択肢がないからである。つまりSS維持策は、携行缶問題については中立ですらなく、悪化させうる。
SSの「数」を守る施策と、携行缶という「販売形態」を守る必要性は、別々の政策目標である。現状、後者を明示的に扱っている枠組みは存在しない。
緩和も行われている。消防庁の検討資料には、管内が農業・林業を主たる産業としており特に夏季には草刈り等で農業機械用ガソリンの需要が高まるが、地域の給油取扱所は数か所しかなく指定数量未満の詰め替え販売だけでは地域の需要をまかなえないため、指定数量以上を詰め替え販売する方策を検討してほしい、という要望が記録されている。
これを受け令和5年1月の検討結果で、静電気火災の防止対策や流出防止対策等を予防規程に明記すること、満量停止装置が確実に機能すること、詰替え作業を危険物取扱者である従業員または危険物取扱者の立会いを受けた従業員が行うことを条件に、指定数量以上のガソリンを容器へ詰め替えることが認められた。
しかしこの緩和が外したのは1日あたりの販売量の上限である。現場の拒否は上限ではなく人員配置とリスク配分から生じている。売りたい店の天井を上げても、売る気のない店は売らない。必要条件は整ったが、十分条件には触れていない。
三領域のなかで最も困窮しているこの領域が、同時に唯一、電化が実際に進行している領域でもある。
刈払機とチェーンソーのバッテリー式は既に広く市販されており、家庭用・準業務用の範囲では置き換わりつつある。エンジン式より軽く、始動が確実で、振動と騒音が小さく、排ガスがない。混合燃料を作る手間もいらない。そして携行缶を必要としない。
ただし留保が三つある。
| 留保 | 内容 |
|---|---|
| 用途による差 | 刈払機・チェーンソーは進んでいるが、動力噴霧器・小型管理機・可搬発電機は大きく遅れている。連続高負荷や長時間運転を要するためである |
| プロ用途 | 林業のプロ用チェーンソー(排気量40cc以上)は依然エンジン式が主流。1日の作業量に対しバッテリー交換が追いつかない |
| 駆動要因 | この電化は燃料調達難への対応として起きたのではない。バッテリー性能の向上と、静音・低振動・排ガスなしという利便性が駆動している。政策的処方の結果ではなく、市場が独自に進めた過程である |
三つ目の留保は評価に関わる。この領域の改善は、誰かが燃料問題を解こうとして起きているわけではない。たまたま最も困っている領域を、市場が先に片付けつつあるという関係である。したがってこれを「電化による過疎地対策の成功例」と読むのは誤りだが、同時に「政策が介入すべき領域」と見なすのも実態に合わない。
三領域の検討結果を並べると、電化という手段の適用範囲が明確になる。
| 領域 | 困窮度 | 原因 | 電化 | 差し引き |
|---|---|---|---|---|
| Ⅰ 自家用車 | 不便はある | 営業時間・価格差。給油自体は「ついで」で済む | 可能 | 解決は車両単位まで。世帯には残り、SS販売量は最も大きく削る |
| Ⅱ 軽油・灯油 | 中(農機) 高い(灯油配送) |
配送網の縮小、運転手不足 | 不可 | 選択肢にならない。守るべきは配送網 |
| Ⅲ ガソリン小型機械 | 高い | セルフ化(過疎とは独立) | 進行中 | 市場が自律的に解消しつつある |
電化が効く領域では既に自律的に進行しており、効かない領域では不可能である。そして残る自家用車の領域では、電化は不便の一部を緩和しうるが、世帯の燃料調達という課題そのものは残す。
三方向とも、電化を政策手段として持ち込む余地が塞がっている。「過疎地の燃料問題をBEVで解く」という命題は、賛否以前に適用先を持たない。
本稿の結論に対する最も強い反論は、第5節で予告した供給義務の非対称である。一般送配電事業者には供給義務があり法的に撤退できないのに対し、SSは民間事業者であり自由に廃業できる。長期的に「燃料網は残らないが電力網は残る」という前提を置くなら、電化は撤退しうるインフラから撤退できないインフラへ需要を移す操作として合理性を持つ。BEVを過疎地対策とする議論の擁護はここに求めるべきで、航続距離でも脱炭素でもない。
ただしこの論点も領域を選ぶ。電力網に移せるのは領域Ⅰと、部分的に領域Ⅲだけである。領域Ⅱ——農機・漁船・暖房——は移せない。そして移せない領域こそが、量においても切迫度においても中心にある。供給義務の非対称は、最も守りたいものを守れない。
ここまでの整理を政策の側から見ると、同一地域に対して複数の系統が別々の処方を出しており、しかも相互に噛み合っていないことが分かる。
| 系統 | 主体 | 処方 | 効く領域 |
|---|---|---|---|
| 燃料流通政策 | 資源エネルギー庁 燃料流通政策室 |
移動式給油設備の実証、SSの新設・設備更新補助、事業承継支援、休業日輪番制 | Ⅰ・Ⅱ Ⅲには効かず、悪化させうる |
| 危険物規制 | 総務省消防庁 危険物保安室 |
指定数量以上のガソリン容器詰替えの容認、危険物と日用品の巡回配送の検討、AI監視による省力化 | Ⅱ・Ⅲ Ⅲへの効果は限定的 |
| 脱炭素政策 | 環境政策系/ シンクタンク・自治体 |
過疎地対策としてのBEV導入促進 | Ⅰのみ しかも車両単位にとどまる |
燃料流通政策と危険物規制は、いずれもSSないし燃料供給機能を維持する方向で一貫している。令和7年6月には、公正取引委員会がSS過疎地のSS間で休業日を調整すること(休日輪番制)について独占禁止法上問題となるものではない旨を回答した事例が公表された。競争政策の例外を認めてまで機能を残そうとしている。
他方、BEVを過疎地対策として論じる議論は環境政策側から来ている。三菱UFJリサーチ&コンサルティングは2025年9月、地球環境部の研究員による「SS過疎地問題対策としての電気自動車(EV)の導入促進 ~脱炭素対応以外のEVの可能性~」と題するコラムを公表している。副題の「脱炭素対応以外」という言い回し自体が、脱炭素政策の側から燃料流通問題へ手を伸ばしている構図をよく表している。
第一に、BEV推進とSS維持策が逆を向いている。移動式給油設備も巡回配送も事業承継支援もSS機能を維持する方向の施策だが、BEV導入促進はSS需要を削る方向に働く。同じ集落に同時に投入すれば干渉する。
第二に、SS維持策と携行缶問題も噛み合っていない。第7節の通り、補助金で新設・更新されるSSはセルフ化される公算が高く、最も困窮している領域Ⅲには届かないか、むしろ逆効果になる。
つまり三つの系統のいずれも、最も困っている領域を狙っていない。
需要を三領域に分けて評価した結果、「過疎地の燃料問題」と一括りにされてきたものが、実際には性質の異なる三つの課題に分解されることが分かった。そして電化は、そのいずれに対しても有効な手段になっていない。
自家用車には確かに不便がある。しかし電化がそれを緩和するのは車両単位までで、農機や暖房の燃料が残る以上、世帯としてはSSへ通い続ける。得られるものが限られる一方、結合供給の要を抜くという負荷は満額で発生する。軽油・灯油は電化できず、守るべきは配送網である。ガソリン小型機械は最も困っているが、原因はセルフ化であって過疎ではなく、しかも電化は既に市場が進めている。
「過疎地の燃料問題をBEVで解く」という命題は、賛否を論じる以前に適用先を持たない。
そして残る課題は、いずれも動力源とは無関係である。
| 課題 | 性質 | 打ち手 | |
|---|---|---|---|
| 1 | 山間部への灯油・軽油配送の維持 | 生死に直結 運転できない高齢者を直撃する。冬季に集中 |
配送事業の採算確保、危険物と日用品の巡回配送(消防庁で検討中)、移動式給油設備の実装 |
| 2 | 携行缶販売の実行可能性回復 | 全国的 過疎とは独立。セルフ化が原因のため既存のSS維持策では届かない |
記録義務の簡素化、営農団体・農機具店による代行的な受渡し枠組み、有人対応枠を持つ拠点の指定 |
| 3 | SS事業者の存続 | 構造的 後継者難と地下タンク更新。需要減は要因の一つにすぎない |
事業承継支援、公設民営、休業日輪番、設備更新補助 |
| ─ | ガソリン用少量危険物基準の再検討 | 未着手 営農用に限定した受入タンク基準 |
実現すればガソリンが初めて配送網に乗りうる。1と2を同時に緩和する唯一の制度的打ち手 |
最後の項目は注記に値する。ガソリンの指定数量200Lという壁が受入タンクを不可能にし、配送を成立させず、携行缶という単一の経路に依存させている。営農用に限った受入タンク基準が設けられれば、この構造そのものが変わる。現状で未着手のまま残されている、最も効果の大きい制度的余地である。
本稿の分析は、電化そのものを否定するものではない。電化が有効に働く場所は確かに存在する。ただしそれは自家用車ではなく、携行缶でしか燃料を得られない小型作業機の側にある。そしてそこでは、政策が動くより先に市場が動いている。
「過疎地の電化」を論じるのであれば、自家用車ではなく、農機や漁船、暖房の側から議論すべきである。そしてそれらが電化できない以上、当面の課題は電化ではなく、液体燃料の流通網をどこまで維持するかという一点に収斂する。